林真理子『野心のすすめ』—しずかちゃんになれなかったジャイ子。
新書コーナーを通りがかったとき、
佐藤優のおっさん痩せたやん?と思ったら林真理子だった。
いやあ、この二人って、似てるよね。
まるでジャイアンとジャイ子みたいだ。
両方とも野心家という意味でも似ている。
しかし、大人になったジャイ子はしずかちゃんよりも、
イイ女に化けるんだよね。トヨタのCMより。
他方、乙女のロマンに満ちた才女、
林真理子もまたジャイ子である。
ただし彼女は一皮むけない。否、それを拒んでいる感すら、ある。
ここで私が言いたいのは内面の話である。
思うに、彼女のエッセイの本質は、
世間の「しずかちゃん」的なるものへの羨望と怨念に根ざしている。
彼女の代表作、
『ルンルンを買っておうちに帰ろう』(1982年)は、
まさにこのタイトルに象徴されるような
『an・an』的コピーがギラギラと舞うあの時代、
来たるべき80年代バブルを先取りしつつ、
かつそのうさんくささを告発したものだった。
琥珀はクリスタルではない。その中のグロい蟲を見よ!
…と言わんばかりに。
写真で見るよりずっとブスだった。
本当に妖怪じみた感じがあった。129頁
[/note]
しずかちゃんはバイオリンがへたくそだ。
しかも、彼女はいい年してこれに自覚がない。
悲鳴のようなストリングスをのび太たちに
強制的に聞かせるのだった。
それはジャイアンの歌声と本質的に変わらない。
林真理子は、
この一見完璧に見える「しずかちゃん」的なるものの暴力性や軽薄さ、
またそれを隠蔽しようとする社会的圧力を暴いていく。
もちろん、それは矢野顕子やその信者への陰口だけでなく、
ファッションやグルメ記事のあらゆる美辞麗句に対して、
彼女は次々とファックしていくのだ。
ただし、見方を変えれば、
しずかちゃんと林真理子の関係は「ボケとツッコミ」であり、
二人はバブル消費社会を駆動する共犯者だったとも言える。
高級ブランドはマネキン的身体を持つ特権階級のものなりや?
表向きはそうだが、所詮ファッションもビジネスである。
売り手だって林真理子という、ゆるキャラが欲しかったのだ。
ちなみに↓コシノジュンコはデザイナー自身がゆるキャラだった。
ちなみにこれはレウコクロリディウムに寄生されたカタツムリ。
大衆は思う。「林真理子ですら着てもいいんだから…」と。
…そして、中心市街地までがファスト風土化した2013年現在、
林真理子は、そのボケ担当の相方を失うのだった。
きらびやかで、しかしどこか抜けている「しずかちゃん」たち。
TVギョーカイ、バーキン、経費接待、毎日が宴の日本社会・・・
本書『野心のすすめ』は、これらを喪失に対する、
筆者の戸惑いと郷愁に満ちている。
戸惑いはこれの反作用としての素朴な精神論へと転換され、
また郷愁は美化された古き良き80年代論となる。
したがって、この本を支持する読者層のニーズは
以下の二種類に大別できるだろう。
- こんなブスでもなんとかなるんだから「お前も大志をいだけよな」的自己啓発を求めた
- こんなブスですら成り上がれる「80年代っていい時代だったよねえ」的ノスタルジアを求めた
そして、これは、そのまま批判者の根拠にもなる。
現代と80年代では野心の前提が異なるからだ。
そもそも、3.11以降「バブルよもう一度」なんて本気で言えるのか?
もっとも、私はそんなヘリクツ抜きでこの本が不満なのだが。
例えば、彼女は、3.11直後のブログにこんなことを書いている。
[note]私のブログはいつも楽しいこと、面白いことを心がけて書いてきたので、
もう何を書いていいかわからなくなっていたんです。
[/note]
その後、彼女は震災孤児の支援の代表を努めている。
これはこれで尊いことだ。いちいち本で自慢しなかったのも潔い。
では、原発はどうなんだろう?
しかし、彼女はノーコメント。
わかんないフリ?なにそれ?
ここに林真理子のセコさがある。
率直な感想として、
新しい社会のありかたを示した上で、野心を語って欲しいと思った。
それだけだ。
80年代をノスタルジックに語るのも結構だが、
そういった「から騒ぎ」の成れの果てが3.11だと考える私にとって、
ちょっと白々しいんじゃないかなあ、と思うのだ。
結局、社会はそっちのけだし。
また私語りとギョーカイ裏話かよ。
「もう何を書いていいかわからない」なら書くな、と言いたい。
才女である林真理子のシニカルさと自虐性は
「原発(電事連)と広告業界」にも向けられるべきだったね。
あなたが一皮むけた「大人のジャイ子」になれないのは、
そこだと思うのだ。
ま、もっとも、作家だろうが官僚だろうが、
メルトダウンの前には年収2000万でも
勝ち組じゃなかった。
住宅ローンで身動き撮れないまま被曝しまくるわけだし、
海外まで逃げるとなると現金で2億円くらいないと
家族も守れないんだなあ、というのが3.11の教訓である。
そのためにどうしたらいいかなー、
よーくかんがえよー、野心は大事だよ—、
という啓蒙活動は(皮肉だが)必要だとは思うw
ただし、ここでいう野心とは、
ソーシャルな何かを孕んだものを指している。
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