取材メモ。
29年、とある店をやってる、おばちゃんとのやりとり。
- 餅飯殿センター街とその北の商店街の連携はない
- しかし買い物客にとってそんな境界は意味が無い
- 「ならまち」は分散した商店街を統合する概念か?
- しかし商工会は存在しないので、ならまちとしての連携は甘い
- 昔より「ならまち」の区画が広くなっている
- 京都にくらべ寺社との連携が甘い
- 昔の康申堂くくり猿は赤白ではなく、ボロ切れで作っていた
- 「ならまち」成立の背景には、岩波書店の雑誌『銀河』が関与?(新潮の記憶違いか?)
- はり新と岩波の関係
- インテリや通好みの古都としての奈良町
- 町家の補助金は、表側の費用はでるが、内側はでない
- しかし生活者にとって内側の補修こそ大問題
- 外側だけそれっぽい感じにするのは部外者の店舗のための措置か
- 相続税法が改正されて町家が維持できない
- 今、ならまちは世代交代の時期で相続者はガレージにしてしまう
- これから街並みはダメになっていくが行政は知らん顔
- なぜなら奈良市自身が大赤字だから
※はり新には、インタビューのためのあいさつ済み
雑誌『銀河』とは、これのことなのだろうか?
[note]
ぎんが【銀河】
児童雑誌。1946年10月~49年8月,新潮社発行。第2次世界大戦後,山本有三を編集顧問に創刊。有三執筆の創刊のことば〈銀河のはじめに〉には,敗戦の中から立ちあがる新生日本の子どもたちに向けて,宇宙の悠久と,真理に生きることの尊さが熱意をこめて語られていた。滑川道夫,高橋健二,吉田甲子太郎らが編集長を務めた。国語国字問題に熱心な有三の主張から,初めは2段横組みを用いたが,読者の支持が得られず,後半は縦組みに改められた。
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