「空き家」から社会を考えてみる。

 

最近、テレビを見ていないので、
話題になっているのかどうかも知らないけれど、
日本中に「空き家」が増えているのだ。

文章がヘタクソなので、
あんまり面白い本ではないんだけれど、こんな本も出ている。
米山秀隆著『空き家急増の真実』

著者はマクロの統計データを棒読みしているだけだけど、
考えるきっかけにはなると思う。
空き家という視点は、今後の日本を考える上で欠かせない、
重要なトピックとなるだろう。

まあ、そりゃあ、どんどん日本の人口が減っているんだから、
家が余るのは当然の話なわけだけど。

しかも、新築マンションや分譲住宅は、
現在もドカドカ作られていくというw
そしてなぜか30年ローンとかでこれを買うんだなあ。

あと、空き家にもいろいろ種類があるんじゃないか。
例えば、良い物件でも街が死んでいくのであれば、
そんなとこに住みたくない。

たぶん「空き家」問題は、
「空き街」問題とも関係しているだろう。
「空き街」とは、文化的にも都市機能としても空虚な街という意味だ。
いま、私が作った造語だw

ヨーロッパの人は郷土や街を大事にする民族だ。
だから景観とかすごくうるさい。
それは法律だけの問題ではなくて、
街とは一つの社会実験であり総合芸術なのだ
という西欧人特有の共通認識があるからだと思う。

アメリカ人にとって土地とは、切り開くべき荒野である。
ヨーロッパを飛び出してインディアン押しのけ、
自分たちの縄張りを作った人たちにとって、
永続的な土地や家は愛着の対象とはならない。

彼らにとってそれはあくまでも「通過点」なのだ。
また、そーゆー人たちだからこそ、
アメリカを作ることができたともいえる。

で、日本人ってゆーのは、
資産としての土地やマイホームには、
異常に執着するくせに、街の風情はぐちゃぐちゃなわけ。

日本人のいう郷土愛って、結局自分の土地のことなんですよw
それは街というコモンズを喪失しているよ、きっと。

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