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千里ニュータウンの現状と再生を見る(2)

 
 

hitomojiです。前回、千里中央駅北側のニュータウン周辺で、要塞的な新しいマンション群と高齢者のゲットーと化した周縁を見た。
高速道路を超えるために一旦千里中央駅まで戻り、南側にある上新田~山田駅方面まで歩いてみる。中国自動車道のすぐ南、ロータリーになっているあたりは新しいファミリー向け大型マンションが建っている。周りを人工的な側で囲んだ新・ニュータウン的なマンションもあるが、この辺は面積の関係なのかよく見る形のマンションが多い。 基本的には千里中央側が高台で、上新田へと歩くと坂道を下ることになる。

千里ニュータウン計画が始まったころ、上新田に住む農業従事者が猛烈に反対し、上新田区域は計画から取り残されたままになっていた。江戸時代にどこかから移転されてきた千里の氏神:上新田天神社を中心に、林が残っている。jinjya1上新田天神社には菅原道真(天満天神、学問の神)と宇迦之御魂大神(稲荷神、穀物の神)が祀られている。ご神木(鎮守の森)も祀られており、学問、家内安全だけではなく、商業繁盛、建設土木治水守護、新規開拓のご高徳があるという。ニュータウンを守ってくれているのですね。ところが、上新田天神社の周りも多くの建設関係者が出入りしていて、開発範囲が神社周辺まで及んでいるようだ。森林地帯ぎりぎりまで開発がされていて、鎮守の森もなくなってしまうのかもしれない。 kamishin(↑画像:上新田天神社すぐ脇)
神社~上新田2丁目あたりは古くからの大きな家屋と、細い路地が迷路のように曲がりくねる。○○荘、ハイツ○○といったような単身用の古いアパートが時折見える。 kamishin3

piece heureuse melissaという出来たばかりのカフェに入る。melissa

小さな新しいマンションの一階にあり、中はヤング~ミドル向けの落ち着いた空間。住宅街のカフェにしては、豊富な種類の珈琲豆を取りそろえており、様々な種類の器から好きなものを選べる。お店を切り盛りするミドル世代のご夫婦も、それらをきっかけにして話を他のお客さんと繋げてくれる。平日の昼間というのと上新田の住人の層もあってか、主婦の方が常連のおじいちゃんの関西旅紀行やおばあちゃんの秘伝レシピに耳を傾けていて、様々な人が共生している感じだ。ひっそりとサラリーマンが休憩していたりもする。

国道2号線を東へ上っていくとカーディーラーが密集するような、交通量の多いロードサイドの風景。121号線を超えて阪急・大阪モノレール山田駅方面へ向かうと、比較的新しめの戸建住宅街が整然と並ぶ。逆に2号線を新御堂方面へ降りると、小~中規模マンションと、ファミレスがあるようなよくある郊外のロードサイドの風景が広がる。その中で、旧新田小学校舎跡は府の指定文化財にも指定されている大阪最古の木造校舎。団体なら、内部の木の机や教科書なんかも見せてくれるそうなので、事前にアポを取ってみてはどうでしょうか。gakkou

上新田エリアは、取り残されるべき古い街並みと、計画から排除されてしまった古い単身アパートが密集する。ロードサイドのチェーン店ではなく、千里中央駅中の飲食店でもなく、雑多な住宅地の中にできた新しいカフェが自発的なコミュニティスペースになっているような感じだった。

(参考)

上新田天神社 

旧新田小学校舎 /豊中市ホームページ

「400歳の街」なぜニュータウンの真ん中に 大阪・千里」 /日本経済新聞(2012年12月22日)

400年の歴史ある「千里の天神さん」マンション建設で神事ピンチ /産経ニュース(2013年2月19日)

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千里ニュータウンの現状と再生を見る(1)

 
 
Hitomojiです。

北摂に詳しい不動産営業マンは「千里ニュータウンは成熟した町だ」と言っていた。成熟って何だろう。千里ニュータウンのド中心・新千里東町を歩いてみることにする。

千里ニュータウンは、1962年、高度経済成長に伴って、吹田・豊中市に作られた大規模郊外団地である。丘陵地帯にある千里ニュータウンでは、駅とマンションの建つ高台をそのまま歩道橋を繋いでしまって、幹線道路と歩行者との流れを分ける作りになっている。坂が避けられない地理状態とはいえ、行政もこうした構造上の問題を克服しなければならない。千里ニュータウン周辺地域の高齢者の割合は30%をついに超えた。人の高齢化、住宅の老朽化、高齢者にとって住みづらい街であるということが行政の目先の課題である。 022

2001年、町の再生の為に寄せられた市民の声を見てみると、幹線道路から交通の侵入や景観の悪化を避けたい、という声があり、安全で安心なユートピアという幻想が垣間見える。どの層の人がこれを作成したかは分からないし、今はまた状況が変わっている可能性もある。しかし市の発展のためというよりも、後ろ向きで排他的な、ユートピアを死守するような共有意識がありそうだ。
実際に赤色のルートを歩いてみる。

安全面の考慮だろうが、通り抜けのできる道が少ない。マップを見ても工事中のところや立ち入り禁止になってるところがあってよく分からないので、部外者は新千里東町をぐるっとエリアを迂回して違う地区に抜けなければならない。特に中国自動車道を挟んだ北(新千里東町、赤色に囲まれたエリア)と南(上新田)へは通り抜けの出来る歩行者道がなく、いったん駅まで出るしかない。

季節のせいだろうか、主婦・小学生・高齢者の人通りが多そうな15時ごろの時間帯でも人通りがかなり少なかった。建設業者と私だけのような気がしてくる。

ここ数年、旧団地が建て替えられた新築分譲マンションエリアに、そうした排他的なユートピアの再生産を見た。マンションの外周を堀のような庭園に囲まれていて、どうやら外からは入れないらしい。中へ入れるのは正面玄関か、マンション裏の公園部分の橋や限られた小道からで、もちろん正面にはオートロックという門番がいる。
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(印が撮影ポイント)

○○ガーデン、リバー○○、ジオ○○という名前のつけられた新しいマンションの中には、こうして外周を緑や人口水路で囲んでしまうものや、柵や壁で要塞化してしまうものもある。ここ、新千里東町の千里東公園周辺には、「緑を含む開放的な都市生態系」とも言わんばかりのデベロッパーの夢が実現されているが、要塞の中の要塞住宅に解放感があるだろうか。

分譲マンション群を抜けると、道路挟んで向こう側に立派な戸建住宅が見える。このエリアは高齢者交通安全地区で、車道と歩道が植え込みを挟んで完全に分離されている。相変わらず、反対側に渡るには長いこと歩くか、歩道橋を渡るしかないけれど。

要塞の中に要塞を作る、つまり千里ニュータウン内部での高齢者や単身者、低所得者層を締め出すことだ。新しい分譲マンション群からさらに東へ進んだ旧府営団地周辺は、学校、郵便局など生活の中心となるはずの地域である。しかし高級マンション街を一歩抜けるとスーパー、地区センター、住宅から全て老朽化していて、まるっきり見捨てられている。
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気がつけば、高級マンションではなく、手ごろな大きさのファミリーマンションが目に入るようになっていた。

見捨てられた新千里東町地区センター内部にひがしまち街角広場というのをみつける。
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誰でも気軽に休憩しに来れるコミュニティスペースらしく、お気持ち料100円で飲み物をいただいた。高齢者の方が主に利用されていて、隣の小学校の子どもも来たりするんだと嬉しそうに話してくれた。コミュニティスペースが活用されることは良い変化なのかもしれないが、街全体を覆う余所への不信感と過度な共感性を見ていると、誰の意思なのか、全員が本当にコミュニティ化を望んでいるのか胡散臭く感じてくる。ちょうど下校時間の小学校の前を通ると、下校誘導のスタッフさんたちが早い帰宅を促していた。

中国自動車道を超えれる道を探すべく、UR団地の周りを一周する。駐車場は結構な空き具合で、洗濯物以外の生活感のない、均一に与えられた住宅が見える。成熟した、安全で、安定した町。異質な者が見えない町。住めば都なのかもしれないが、ともすれば爪弾きにされてしまいそうな冷たさが見えた。
次回は千里中央南部へと降りてみよう。

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ひがしまち街角広場
月~土曜日、日祝定休日
午前11時~午後4時

千里ニュータウンまちびらき50年 記録サイト

2012年~

「千里ニュータウンの再生を考える市民100人委員会」報告書/吹田市ホームページ

2002年、公募市民と吹田市連携による調査、議論報告書。

千里ニュータウン資料集/吹田市ホームページ

2013年、吹田市・豊中市千里ニュータウン連絡会議による人口推移等の報告書

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天満まち歩き:レトロビルとアンティーク

 
 

 
hitomojiです。

地下鉄南森町駅で下車して散策します。

天神橋筋商店街(赤い線)を天1の方に進むと、
フジハラビルというレトロな建物があります。

写真 (6)

大正12年に建てられたこのビルは、今は法律家
の新世代オーナーによってアートスペース&デザ
イン事務所系テナントが混在する空間に蘇ってい
ます。周辺は新しい高層マンションが建っていて、
商店街も1丁目まで来ると人通りが減ります。

天1商店街の終点から東天満の方へ。緑の線の
エリアは古い商店と新しい飲食店、古い住宅と新
しいファミリーマンションが混在する街並みです。
駒鳥姉妹店というカフェに立ち寄ります。

写真 (7)

お店の中に木が!!
「公園でお散歩している気分」になれる。

写真 (8)

鳥関係の本、絵本と小鳥ドーナツに囲まれる。
お向かいは老舗のとりゐ味噌さん。
新旧の商店が混在する面白い街並みです。

ずっとまっすぐ行ったところにBUNJINさん。
アナログ音響機器整備とランプ販売のお店です。

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静かでレコードの博物館みたいです。

青線部、天満宮の目の前にきました。
喫茶音凪酒場さん。

写真 (11)
邦洋ロック系の音楽CDや小説が楽しめる。
珍しく黒豆茶があって、お昼はグリーンカレー
などもやってます。
中古CDも売られてて、買ったものに限らず
視聴もできますよ。CDも購入して帰り際に、
「不調があればもってきてくださいね」と今時
街ナカのCD屋でも聞けない心遣いです。

このエリアは観光地の賑やかさがあります。
新しいカフェもありますが、老舗料亭:相生楼
など、歴史の古い町でもあります。

写真 (10)

瞑想講座のチラシもある。
商店街周辺のエリアですが、買う・食べる・通過
するだけではない時間の流れのある街です。

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フジハラビル

大阪府大阪市北区天神橋1丁目10-4

大正12年築、施工:大林組

BUNJIN

大阪府大阪市北区天満3丁目8-10 1F

営業時間:13:00~19:00 定休日:月、火

駒鳥姉妹店

大阪府大阪市北区天神1丁目14-11 1F

営業時間:11:00~19:00

月曜定休日

喫茶音凪酒場

大阪府大阪市北区天神橋1丁目17-14 1F

カフェ:9:00~18:00

ダイナー:18:00~01:00

日曜、および第ニ土曜定休

祝祭日不定休

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映画『珈琲時光』:都市の生態系

 
 
hitomojiです。

mirimachiさんの記事から都市をクローズアップした作品はないかと考えている。こちらも

「街が生きているわぁ!」と感じた作品で言うと映画『珈琲時光』。この映画は、東京を舞台に、街に語らせるといっても過言ではないほどの長回しの電車内のシーン、電車が走るシーン、各駅を収めたシーンが印象的。登場人物は主人公:井上陽子(一青窈)と、陽子と仲の良い行きつけの古書店員:肇(浅野忠信)、陽子の両親のみ。会話中で「陽子を妊娠させた台湾の彼」と「陽子が恋焦がれる江文也(作曲家)」が出るが、どちらも登場しない。陽子が、実家に帰って妊娠の話題に触れることのできない両親と気だるい時間を過ごし、肇と江文也の聖地巡礼をおこなうだけの映画だ。

この映画にとっては、「子の父親はどんな奴か、両親と陽子はどうするのか」とか「江文也が行きつけだった銀座の店は今もあるのか」とかいう結論めいたことはどうでもいい。その代わりに、陽子が東京近辺を移動する際に必ず行き先が明示され、そこまでの乗換ルートが画で説明され、その間の街並みをじっと見つめて、行きかう電車と陽子の間の抜けた顔をただ眺めさせられるだけである。街を楽しむ以外に取り柄のない映画だ。実家のある群馬県高崎では、ローカルの小さな駅で近所の人が「あら、あの子井上さんとこのお嬢さんじゃない?」みたいな会話をしているらしき雰囲気があり、実家では何か言いたげな親子の微妙な距離。神保町ではみんな「自分の趣味以外どうでもいい」かのような冷たさと共通意識みたいなものがあり、銀座ではなんでもない雑居ビルの一角にある喫茶店のマスターがこの辺の古い歴史を知っている風である。銀座では歴史をひもとこうとする陽子たちにめんどくさそうな非干渉の態度も垣間見える。古い街に新しい街、大きい街、小さい街。

登場人物たちの中の物語性(結論や終着点)を描かない代わりに、街と街、街の今と昔、誰かにとっての街を緩やかにつないでみる。たびたび登場する象徴的なシーンでは、線路と線路がカーブを描きながらすれ違う。画像の2線路の下にさらにもう一本の線路があって、調べたところ有楽町周辺らしい。)

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分かりやすい物語にどっぷりつかってしまっていると、何かしらの結論を欲しいというような気になるのだが、それがあるからこそ車窓をじっくりと見まわして、街が生きているかのような、何か必然性や関連性を持っているかのような読みが成立するのだと改めて思う。東京の人と関西の人ではまた違って見えるだろう。関西を題にした映画があれば見てみたいが、「どや、おもろいやろ、みんな関西が好っきゃろ」みたいな内輪ノリとテンプレ量産で肩を落としたくない。

『珈琲時光』の東京に対抗して、阪急宝塚線で中津(by kamisan)~十三~岡町(by kamisan)~宝塚とかはローカルもあり繁華街もあり高級住宅地もありで面白そうな気がする。

予告編

※音が悪いです

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映画『珈琲時光』
監督 : 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
脚本 : 侯孝賢、朱天文(チュー・ティエンウェン)
撮影 : 李屏賓(リー・ピンビン)
出演者:一青窈
浅野忠信
余貴美子
小林稔侍
萩原聖
主題歌:「一思案」(作詞:一青窈 作曲:井上陽水)
配給:松竹 公開:2004年9月11日

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『かぐや姫の物語』と生き苦しさ

 

Hitomojiです。

高畑勲監督、11月23日公開。『竹取物語』が原作のアニメーション映画『かぐや姫の物語』を見てきた。野山で竹を取って過ごしていた翁夫婦は、ある日突然竹から子を授かる。野山でのびのびと大切に育てられたかぐや姫だったが、翁が都へ連れて行き高貴な男性と結婚させようとする。反発したかぐやは男性に無理難題を押し付け、結局誰も難題をクリアできず、かぐやは月へ帰った。というお話。

「姫の犯した罪と罰」というキャッチコピー。この意味が腑に落ちる瞬間が最後に劇的に訪れるのだけれど、仏教的な「生きることの苦しみ」が根本にあるような気がする。この世に生まれ、生きるということは、自分のエゴや他者のエゴから精神的に苦しみを与えられている状態だということ。仏教の中ではこの世であらゆる欲を持つことが、罪深いことで、断ち切ることで初めて楽になれるとされている。

では、この映画で描かれる「苦しみ」とはなんだろうか。※以下おおざっぱな口語訳

野山の人「あいつ変なのー、いじめようぜー」

都のセンセイ「高貴な女性だからこうあるべきよネ」

翁「都で高貴な人に娶ってもらえることが幸せに違いない」

都のエライ人「田舎者だから、はしたなくて野蛮だ」

都のエロイ人「女だから性的に消費されて当然だ」

田舎の人「都の者だから、田舎に来て見下してるんじゃないか」

田舎の人「かの部族は山を食いつくして去っていく」

かぐやが都に出ることで一気に社会的なものが降りかかる。それは「常識」や「世間」のような社会の中の価値指標を持たない、余所者のかぐや姫にとって、耐えがたいことだろう。高貴な者として、女として、振る舞いを他者から規定され、まなざしに晒される。まったく都会は怖くて疲れるところだ!田舎へ帰ろう!なんて言ってしまえばいいのだが、この映画ではそうはさせてくれない。

かぐやが戻りたいと切望した野山は、もはや彼女を受け入れない。都会の女になった彼女が、「悠々自適に野山を走り回る」田舎暮らし生活を送ることに対してのまなざしは厳しい。野山に暮らす人の中のコンプレックスなのだろうか、それともムラ社会に対する裏切りだからだろうか。田舎は決してしがらみから解放されて気ままに暮らせる地ではなくて、田舎には田舎の欲望やエゴがある。都会と地方との間の心理的な嫌悪があり、地方内部での部族間断絶がある。都会は嫌いだけど、出来るなら持てる者から奪いたい。

思い返すと、本当に現代の日本の厭なところを丸めて詰め込んだような作品だ。

こうした田舎で暮らすことのむずかしさ、受け入れられ難さ、あるいは都会の中で社会に順応することの難しさは『おおかみこどもの雨と雪』(2012年、細田守)を思い出す。細田は「社会と断絶があっても、なんとか居場所を見つけてやっていくっきゃないっしょ、それが生きるってことっしょ」みたいなハッピーな感じと、人間に対する絶対的な信頼があるのに対して、高畑は「もう無理、死にたい」という絶望的なところを終盤に持ってくる。不信感と業の塊で、これはそのまま現代の問題点を淡々と見つめた末に見つけられた人間像なのかもしれない。

彼女が「自分らしくありのままに生きたいのに」という心に対して、月の者も地球の者も許してはくれなかった。ただかぐや姫や周囲の人々は決して悪人ではなく、ごく普通の愛情や自立心を持った人々であるから、なんとも言えない苦しみが残る。生きることは苦しいのだと多くの場面で思い、それでもやっぱり素晴らしいことかもしれないと時折思わせる、不信感と信頼感の間で揺らいでいるような作品でした。

参考:

仏教根本講義「希望と欲望」

http://www.j-theravada.net/kogi/kogi159.html

まなざし仏教塾「生苦とはエゴを背負って生まれる苦しみ」

http://manazasi-letter.sunnyday.jp/index.php?%A1%D6%A4%AA%C7%B0%CA%A9%A4%CE%B3%AB%A4%AF%C0%A4%B3%A6%A1%D7#cf82464a